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佐渡島 庸平(コルク代表)さんの作品:永遠にヒットが狙える、サラリーマン経験者によるサラリーマン漫画【大きな時代の流れを読む(3)】

コルク代表で編集者の佐渡島庸平さんが、温めている漫画の企画を「おすそ分け」してシェアする連載企画。


1月の企画の立て方は、「大きな時代の流れを読む」がテーマです。


絶対に揺るがない時代の流れとは何かを考え、その流れにのることで多くの人が読みたい作品に仕上げる。そんな「大きな時代の流れを読む」という観点からの具体的な企画を4つ紹介しています。3つ目は、サラリーマン経験者によるサラリーマン漫画です。


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組織の一部として働く者だけがわかる、人間関係の悲哀


佐渡島: 日本人が最も共感できる職業って、なんだと思います?


会社員です。


かなり当たり前な答えです(笑)。最も多くの社会人が経験しますからね。いくら時代が変わっても、本質的な需要がある題材です。


ところが、その大多数に対して、サラリーマン漫画の数は圧倒的に少ない。


有名どころでは、連載40年となる『釣りバカ日誌』。2年前に作画の高井研一郎さんの急逝で完結した『総務部総務課 山口六平太』。『島耕作』シリーズは、島耕作が会長まで出世しちゃったから、共感できる側面は薄くなってしまいました。


女性が描く会社員漫画では、広告代理店で働く女性が主人公の『サプリ』や、週刊誌編集者を描いた『働きマン』などがありました。ただ、『サプリ』は恋愛が絡むし、『働きマン』の描く編集者の世界は会社員のなかでもちょっと特殊です。


僕が描いてほしのは、人間関係の悲哀個人に意思決定権がない、分業の一部である組織の中だからこその興奮や喜怒哀楽、人間関係です。


会社や業務が違っても組織形態は似ているから、共通することはたくさんあります


この発想で作られているのは、『サラリーマン金太郎』です。爆発的なヒットコンテンツですよね。


ただ、サラリーマンとしての活躍や成長が描かれる一方で、サラリーマンの枠に収まらず大胆に行動する矢島金太郎は、リアリティに欠けます。だからこそ面白いともいえますが、もっと現実的な世界でのサラリーマンの悲哀を読みたい。



受け取る人たちは多いのに作品数が少ないのはなぜ?


では、なぜ市場にある漫画作品は少ないのか。


サラリーマン経験が何年もある漫画家が、ほとんどいないから


実際、漫画家が数百人集まるような会へ行っても、10年~20年勤めた元サラリーマンには、なかなか出会えません。


『島耕作』シリーズの弘兼憲史さんも会社員だったのは数年だけ。『ドラゴン桜』や『インベスターZ』の三田紀房さんなら描けそうでしょう? でも三田さんも、会社員経験は1年だけ。サラリーマンや中間管理職経験がしっかりある人は、めったにいません。


小説家に元サラリーマンは、けっこういます。『半沢直樹』シリーズや『下町ロケット』の池井戸潤さんをはじめ、10年、20年組織で働いた後に小説を書こうと始めてみたら優れていた。そんなことは起こり得ます。


マンガ家の場合は、10年~20年のサラリーマンを経て、絵を一度も描いたことがない人が「漫画を描こう!」と目指すことはあまり起こらない。


だったら取材して描けばいいと思うかもしれませんが、サラリーマン未経験者が取材して漫画にするのは簡単ではありません


というのは、医療漫画や編集者漫画などは、その業界に詳しくなくても注目するべきポイントがわかりやすいですよね。だから、取材の質問もしやすい。


サラリーマン漫画は、そうではない。


「オレはこの企画がすごくやりたくて熱くなっていたのに、あそこでアイツにあんな風に潰された。このやりきれない気持ちってなんだろう……」。こういった感じの、勤め人がままならなさを堪えるようなエピソード描きたいものの、そんな怒りや悔しさはけっこう繊細な感情です。うまく説明できる人はそういない。


取材する側もなかなか聞き出せないし、質問しようにも質問が核心に届かないんです。



「わかる!」が描ければ、絵はいくら下手でもいい


そんななか、漫画を描いて気楽にネットで発信できるようになりましたよね。自身の子育て体験をシンプルな絵で表現する育児マンガのような、ネット発のエッセイ漫画は増えています。


育児マンガのような単純な絵のノリでいいからサラリーマン漫画があれば、ヒットが狙えると考えています。


育児マンガもそうですが、物語に共感するかどうかは絵ではありません「わかる!」と読者が抱くかどうか


はあちゅうが描く『旦那観察日記~AV男優との新婚生活~』は、絵はすごくシンプル。でも、夫のしみけんさんはAV男優という特殊な職業ながら、夫婦の会話やエピソードを通してたくさんの「それってうれしいよね!」「テンション上がるよね!」という「わかる!」があるから支持されているわけです。


実は『SLAM DUNK』だって、「部活している(していた)人はわかる!」というリアルな気持ちを描いた物語。「ゴリの気持ち、わかる…!」「桜木花道や流川楓みたいにオレたちもなりたかった…!」といった自分の経験や理想と重ねられるようなリアリティがあります。


つまり、サラリーマン経験者によるサラリーマン漫画に、『SLAM DUNK』のようないい具合に嘘(理想)が入ったものがいい。読む人はサラリーマンの細部の業務内容を知りたいわけではないから、共感できる理想がないといけない。そんな嘘をどう混じらせていくのかも重要です。


今回のテーマである「大きな時代の流れを読む」の題材は、そのものの価値はずっと普遍的にあって、受け取る人も多くいる。そんな観点で探してみてください。


飲料商品でいうと、水やお茶ですね。水道でも飲めるし、お茶は家で沸かせる。当たり前すぎて売ることをなかなか思いつかなかった。でも、普段から飲んでいるという、そのもの自体にずっと価値はあった。いち早く参入した伊藤園さんの『お~いお茶』は、今も圧倒的な支持がありますよね。


サラリーマ漫画は水やお茶と同じ。当たる可能性が永遠にあるんです。



聞き手・構成/平山ゆりの @hirayuri &コルクラボライターチーム


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