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シャープさんさんの作品:あなたの物語をだれに届けるか。どの順番で届けるか。

@SHARP_JP です。立春が過ぎました。さまざまな受験の時節です。入学でも、資格でも、受験生各位におかれましては、どうかがんばってください。私も私の持ち場で、コツコツがんばりますので。


ところで私がなにをコツコツがんばっているか、大雑把に言うとそれは「広告」です。身も蓋もない言い方をすれば「広告でいかに多くモノを買ってもらうか」をがんばるわけですが、実際のところ、私はそこまでがんばる気がない。その広告が、届け方と内容の工夫によって、伝えたい人に伝わるか、あるいは伝えてほしいと思っている人に伝わるかが問題で、運よく伝わった人にはせめて、どこか心を動かすものであってほしい、と願うのが関の山。


とくに家電なんて、新たに買うより買い替えがほとんどだし、10年に一度といったペースでようやく買うぞ、という一大事なわけです。冷蔵庫や洗濯機の買い替えなんて、腰の重い、できれば避けたいタスクですらある。だからドヤ顔した広告ごときで、多くの人の欲望を喚起し、ホイホイと買い物へ促せるような甘いものではないと思います。


だからこそ、私の仕事はなによりもまず、その情報を伝えてほしいと思う人に伝わる努力をした上で、その次にようやく、少しでも多く売りたい儲けたいという、われわれの思惑の線上にいる人へ、できるだけ伝わるように心と予算を砕くべきだ。


マーケティングに基づいて作られる製品には必ず、30代女性向けとか、都市に暮らす共働き向けといった、ターゲットが存在するのに、「広告をする側が伝えたいと狙う人」を後回しにして「その広告を伝えてほしいと思う人」に伝えるという順序は、一見逆に思えます。けれどたとえば、消臭機能を強化した空気清浄機を抱えて、ペットと楽しく暮らす人と、花粉で鼻をグズグズさせている人を目の前にすれば、どちらを優先してプレゼンすべきか、自ずと理解できませんか。少なくとも私は、ペットの消臭ニーズは理屈で理解できるけど、まずは目の前にある悩みへ、役に立ちたい。


伝えて心を動かすのが広告の至上命題なら、伝えてほしいと思っている人、伝えると喜んでもらえる人、つまり伝わって心が動いてくれる人をなによりも優先すべきだ。たとえそのような人が、われわれがターゲットだと勝手に狙う層より少なくとも、まずは喜ぶ人に届くよう工夫して努力する。なぜならその先にはお客さんの笑顔が、数はわずかでも確かな信頼と共感が、われわれの製品に還ってくるから。


そういうことを考えている時、この作品に出会いました。


病気で学校に行けなかった私が漫画家の道を目指すまで(月本 千景 著)


まだ物語は端緒についたところですし、これからとても重い内容になることはひしひしと伝わってきます。おそらく作者の月本さんは、自分の中の中を覗き込み、淀んだ記憶と感情をすくい上げ、ジリジリと表現を積み上げるという、つらいプロセスに向きあうのだと思います。そしてそれはとても孤独な時間でもある。


まだ先がある物語に、しかも先に進めるのに相当な気力が必要であろう物語に、私がとやかく言うためらいも覚えました。だけど1つだけ、どうしてもエールをおくりたい点があるのです。作品後半、月本さんは編集者から「不登校のせいで多くの人と共有できる物語が作れない」懸念を表明されます。その後、別の編集者(たぶんコルクの佐渡島さんですよね)から、その懸念はきっぱりと打ち消される。私も一読して、その懸念を「ちがう、そうじゃない」と言いたくてしかたなかった。


たぶんマンガも、伝える順番が逆なのだと思うのです。作品とは、広く共感を得るために、多くの人に伝わるものをあらかじめ描くのではない。むしろせまくせまく、その物語を届けてほしいと願う、ごく限られた人に向けて語られることからはじまるのではないか。芸術や表現は、できるだけ大きな投網を投げて、かかる魚の数を狙うものではなく、モリで1匹と対峙するように産み出されるものでないのか。なぜならそこからしか、だれかの心を強烈に動かすことはできないから。


そして、あなたの物語を伝えてほしいと切実に願う人は、いつも必ず近くにいる。だれよりも伝えてほしいと願うのは、それを語ろうと挑むあなた自身の中にいる、過去のあなたなのだと思います。どうか諦めずに、あなたの中を覗きこみ、じっくりと物語を紡いでください。そしてできれば2番目に、私へそっと届けてほしい。そのころにはきっと、伝えてほしいと思う人が列をなしているだろうけど。

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2019/9/11 コミチ オリジナル
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